思考溜り

その名の通り、ここには思考が溜る。どんなに崇高でも、下賤でも、わたしの思考の全てはここに溜る。

『Scarlett ~スカーレット~』感想とか

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前語り

ぼくは、憧れていた。この柵の向こう側の世界────非日常の世界に。

特に特別な仕掛けなんてない柵、それを超えればすぐにでも非日常の世界に入ることができる。あと一歩、あと一歩だけ、前に踏み出すだけでいいんだ。

でもそれができない。でなければぼくらの言う日常と非日常が、こんなにも隔絶されているわけがない。そんな非日常に憧れて、ぼくは一年に及ぶモラトリアムに浸った。なんの意味もない、文字通りのモラトリアム。しかし、もしそのモラトリアムに意味があったとするならば、きっとこのことなんだろう。ベレッタが欲しいという理由だったけど、その実そこまでの興味はなくて、軽い気持ちで選んだ最後の地。偶然か必然か、しずかと出会った。このぼくに、非日常への切符を渡してくれたしずかに。

しずかと九郎さん。ぼくとは違う、非日常の住人。だからその存在が途方もなく遠く、眩しく見えて、踏み出そうと、思ってしまった。退屈だった日常を変えるような、刺激的な世界を求めて。ぼくは非日常を日常とすることにした。この時、ぼくの手にあったベレッタはようやく「本物」になったんだ。

あの時描いていた憧憬が、今現実のものとして存在している。それは柵の向こう側の出来事でしかなかった世界が、ぼくの日常へと変化した瞬間だった。

それからの日々はなんだか早く過ぎて言ったようにも感じる。楽しかった? ────そう、楽しかったのかもしれない。ずっと憧れていた世界、けれどそれは今や憧れなんかじゃなく、日常であるという事実が、普通は超えることもできない柵の向こう側にいるという事実が、ぼくを否応なしに興奮させる。

でも、やっぱりぼくは日常の住人だったんだ。所詮は住む世界が違う。本当にそうだった。どんなに外見を取り繕おうと、元からそこにいた、なんて事実はどこにもなくて、だから九郎さんは言ったんだ。ベレッタか、しずかか。彼女はまだどこの世界の住人でもない。まだ、彼女は決めていない。だから、まだ間に合う。そしてぼくも、まだ間に合う。まだこの世界を非日常であると認識できているうちに。

その手にある本物を渡して、ぼく自身が日常へと戻れば、すべては元通り。九郎さんなんて人はいなくて、いるのは愛する人、しずかと絵麗奈。ぼくたちはどこにでもいる日常の住人。

けれど、けれども……最後にその姿を見てしまっては、声をかけずにはいられなかった。かつて、憧れからその壁を超えてみた世界。……だが、そこは超えられない壁の向こうにある。たとえ数m先だとしても決して手の届かない場所……。

ぼくはそこに、4年と3か月いた。その間自分は非日常の住人であったと信じて疑わなかった。でも、それでも足りなくて、だからこんなにも綺麗に別れることができたんだ。

今度こそ、決して超えることのできない壁。これから、ぼくらの道が交わることは絶対にない。

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まるで中学校の職業体験のように忘れ去られ、そっけなくされてしまったけど、それはきっとお互いの心の中で生き続けるんだろう。

そんな、いっときの物語。

エレナとイリカとの一連の流れについて

最初は「はいはいw それで?w」的な思いだったんです。話が進むにつれて、あまりに予想通りであることもわかる。なのに、私の急所を的確に、グングニルを模したただの鉄の槍に毒をたっぷり塗ったもので刺された。決め手はイリカがレオンの心に気付いて慰めてくれるシーン。あれで私は陥落した。その時確信した。この作品は私を殺すことができると……。そこからのイリカとの生活もまぁよかった。エレナとのこともあってより一層深みをと緊張感を感じられた。勿論これもだいぶ予想通りの展開だったけど感情の揺れはしっかりと観測できたので、やはりライターの実力を物語ってると言える。

最後にしずかへと繋がり彼女の過去を描いたことも加点ポイント。読者に大きな納得感を与えつつ、感動も与え、さらにしずかへの愛情を深めさせた。完璧ですね。

明人については日常と非日常の境目に焦点が当てられてると感じたけどこちらはストレートに日常の尊さを語っていた。そのうえで再び明人の視点に帰り、境目を彷徨う。よく対比できていたと思う。

全体として

何度も言っているが完成度は非常に高かったと思う。プレイ前からルリのとこが出してるというのと、フォロワーに熱烈なファンがいることから元の期待は高かった。しかしそれをも上回る出来だったと思っている。単純に内容が私に刺さったということ、終始飽きさせない展開、また各所に置かれた単純ながらも破壊力の高い感動。素晴らしかった。

最近涙腺が緩く、簡単に涙を流せてしまうとはいえ、このような感動をもたらしてくれる作品はそう多くはない(最近は涙腺が緩いということに掛かっていて、作品には掛かっていないので注意)。システム面での難、時代特有の暗さ、そういったものがあり、2010年よりも前の作品は少し避けている節がある私だが、やはりいいものだと再認識させられた。まだに作品のみのねこねこソフトであるが、他の作品にも手をつけられたらなと思う。

 

 

 

点数:88/100 文章:6/10 味:旨味を前面に押し出しつつ、ちょうどいい塩加減