思考溜り

その名の通り、ここには思考が溜る。どんなに崇高でも、下賤でも、わたしの思考の全てはここに溜る。

『クナド国記』感想

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はしがき

なるほど本作は、復興の物語であると。そう聞かされていたが、その実食べさせられたのはカントとの国における歴史の一端、それを担う事件の一つだけであった。クナド国記とはこれまた大層な題であるが、これからこの物語は続いていくのだろうか。作中では一度、完結の旨が伝えられた。しかしながらその名前に鑑みてこれからも続いていくとする方が自然ではある。なにせ国記、その国についての記載であり、それは決して一つの出来事に注視するような代物ではない。

であるならば、クナド国記とはなんと未来を見た題であろうか。この作品自体復興の物語ではないが、作中の人物たちは未来を見据え、いつか必ず復興を成し遂げるに違いない。何故ならこの国は、こんなにも希望に満ち溢れているのだから。故にクナド国記、これから始まる復興の先駆けである。

 

それはそうと

えっちシーンCG使い回しを許すな。

本作では何かと変なところや、終わってから考えてみるとおかしいと思うところがいくつかあった。例えばこれは主人公が膝枕をしているときのことだが

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………………舐めてんだろ。これを膝枕などということも烏滸がましい。椅子に座るか正座か、それ以外にあり得る筈もなく、これは決して膝枕ではない。

続いて本作にて何度も言われたことだが、男女観の逆転。その意味は当然だが我々が一般的に考えること全ての女らしいことと男らしいことが逆転しているということだ。この国では女が迫り、女が唇を奪い、女が押し倒し、女がリードする。それが普通の感覚。これがなんとも言えぬ気持ち悪さを醸していた。というのも、特にこれといった必然性が感じられないために、非常に歪な世界が形成されている。そもそもこの価値観に至った理由として、子をなして苦労をするのは女なのだから、女が性行為の主導をして然るべきであろう、というものだ。然り、それはおかしいことではない。特に出生数を制限しているカントではなんらおかしなことはない。そこから基本的な男女観も女優位というのも、少し違和感はあるものの、わからなくはない。しかし社会全体を形成する空気、それが現代的、つまるところ(少なくとも)女性優位ではない社会のそれとの違いが感じられなかった。要所要所で男女観が逆だということを言及することがその違和感を加速させている。

例えば作中夏姫は冬人に「お慕い申しております」という言葉を放ったが、この表現はあまりに「女性的」である。無論男が使わないという意味ではない(まぁ実際に使う人自体限られる表現ではあるが)。ここでの男性女性というものでは、ステレオタイプな集合体をイメージしてほしい。そのうえで、慕うという言葉は非常に女性的であると感じる。とはいえこんなことを気にする人はいないだろう。しかし言わずにはいられなかった。この気持ち悪さはなんとも形容しがたいものであるが故に。

次に序盤の夏姫とのセッ……について。終盤にて信が夏姫の実質的な子供だということが明かされた。その後信が夏姫を「母さん」と呼んでいることから精神的母親との認識も問題ない。なればこそ、なにゆえ信と行為に及んだのか、これについて謎が尽きない。その時点で夏姫が信になんらかの理由で並々ならぬ行為を寄せていることは明らかだったが、まさか実質的な親子関係だったとは夢にも思うまい。加えて夏姫が好きだったのは冬人だった。だからこそ、夏姫が信に抱いた感情が恋情ではないことは明らかなのだが、そうするとやはり最初の行為の意味がわからない。

優里について

本筋から、個別にかけて、出来は結構。成長、家族愛、それぞれをよく描けていたと思う。また後者に関してカントという人間関係が希薄であることを強調したうえでの家族愛というテーマは一瞬どうだろうと思ったが、杞憂、寧ろ人間に存在する根源的感情を描けていた。

カントでは親の顔すらも知らないという。みな仮面をつけて生活しており、出産後も別のところで育てられるというのだから当然と言えば当然。「一般的な」家族観は存在しておらず、家族は希薄であった。しかし家族、されど家族、親は子供の呼びかけを無視することはできない。どんなに希薄な関係であってもやはり心のどこかでは顔も知らぬ家族を愛しているのだ。子供が成長すれば、泣いていれば駆けつけて抱きしめてやりたくなるものだった。どんな状況になろうとも、人には決して忘れることのできぬ感情というものが存在するのだなぁと。

茜と葵について

個別は過去と現在の繋がり、またその軌跡が大雑把な内容だが、これもまた短いながらも目にグッとくるものがあった。まぁ私自身がこういった過去との繋がりにめっぽう弱いということもあるかもしれないが。

しかし問題はそこではなく、エピローグについてである。本ルートエピローグでは「4体目の黒神打倒、つまり既に3体黒神を打倒している」こと、「トウキョウという科学の発展した隣国が存在する」こと。主にこの二つのことが語られた。正直なところ、私はこれを聞いて冷めてしまった。あまりに黒神を軽く扱いすぎているし、トウキョウについてもそれを出す必要があるとは思えなかったからだ。これはクリア後でも変わらず、寧ろこの想いはより強固になった。というのも結局春姫ルートでも黒神が安売りされることはなかったし、トウキョウについてはそもそも出なかった。果たしてこれを出した意図とは何だったのか、それを探るために我々はカントの奥地へと足を運んだ……。

春姫について

全体として良かったと思う。実質的なTRUEであることから、物語が締められる。とはいえ前述の通り人類の復興がなされるわけではないし、トウキョウや残りの八剣が出るというわけでもない。ただカント国の歴史における大きな事件を切り取っただけのお話なのだから。基本的には言霊や鉄鬼と主人公が向き合う話。まーー、正直首をかしげたのは他のルートよりも多かったが、基本構造は面白かったので満足ではある。

……あーでも、ラストはそのまま死ぬべきだったと思う。その方が絶対に美しい。

 

最後に

普通に楽しむことはできたし、やってることも面白かった。言霊についても単なる一つの能力として面白いものだった。言霊という点だけに絞った場合、アマツツミよりも格段に踏み込んだアプローチがなされている点もGood。終盤でコトダマ紡ぐ未来が流れたのも、テーマ的類似性を見るに正解だったんじゃないかなと。使いまわしとは口が裂けても言いたくはないね……。こういう過去作の流用はときに陳腐化することもあるが、またときにテーマそれ自体を上位存在へと昇華させる効果もあると思う。確かに今回劇的な昇華が見られたかと問われれば否となってしまうのが私の心情だが、リスペクトをするにあたって十分な水準はあったと思う。

ただ、なんというかアマツツミを超えることは少なくとも私の中ではなかった。それが残念でならない。この作品がもっと良いものになる可能性は十分にあった。やはりもう一歩踏み込んだ何かがあればよかったのかもしれない。まぁ、良い作品でした。

 

点数:77/100 文章:6/10 味:旨味