思考溜り

その名の通り、ここには思考が溜る。どんなに崇高でも、下賤でも、わたしの思考の全てはここに溜る。

『君の名残は静かに揺れて』感想

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はじめに

前作Flyable heartがあまり良い出来とは言えず(正確には嫌いな要素が多数存在していたため)、長い間放置していたのだが、Twitterのフォロワーからおすすめされたことを思い出して茉百合さんルートを根気で終わらせた。すると思いの外完成度が高く、彼女に焦点を当てた作品であるということからこの作品自体への期待はかなり高かった。

はじめこそ最初からやり直すのか……という気持ちだったが、余分な要素を削除するためと思えば寧ろ英断。それにより前作で見られたくるりという不快要素の塊や、FHに充満していた前時代的かつ押しつけがましい偏見的な思考を排除することができていた。

結果的に本作への私の評価は非常に高いものとなっており、最近プレイした作品の中、とりわけ同社の『時計仕掛けのレイライン』よりも満足度は高い。実のところ途中までは『レイライン』を超えることは無理だと思っていた。というのも本作は良くも悪くも「普通の恋愛」であり、特殊事例を描いた『レイライン』はそういった面でアドヴァンテージがあるからだ。しかしそんなのはまさしく杞憂であった。確かに本作は「普通」であるが、その普通をほぼ完璧な形で書き切っており、その出来栄えには思わず息を呑んでしまった。だからこそ、そこまでの高評価にはならなかった、という人もいるのかもしれないが、間違いなく本作は私の心を強く揺さぶり、感動を与えた傑作だった。

 

感想

私はこの作品に確かな純愛を確認した。お互いが想いを通じ合い、恋人に至る道筋、行為に至るまでの甘い会話、問題解決までの困難。そのすべてが丁寧で、普通で、純愛だった。

想いを通じ合わせるまでは前述の通り前作FHから不快要素を排除してなぞったようなものだった。また、FHでは想いを通じ合わせて終わってしまったため、大したことは語られなかったが、本作では茉百合さんとのその後を描くことを焦点を置いているのでFHで言う共通ルートでも細かな心情描写が当てられた。それもあってか想いを通じ合わせた時の感動は軽くFHを上回っており、それだけでもかなりの高得点だった。途中茉百合さんがブラックになるイヴェントも、前作をプレイしているからこそかどこかニヤニヤしてしまった。そして初夜、ここでも行為に至るまでの会話が素晴らしかった。二人ともどこか恥ずかし気な様子を見せつつ、やはり両想いなのだと思わせる甘い空気。エロゲのえっちシーンとはかくあるべきなのだと呟いてしまいそうなほど完成度が高かった。

しかし本番はここから。多少ずれている場所はあるものの、基本的に前作でも語られたところだ。心の壁を溶かして、そこから茉百合さんの実家と向き合うのが本作のメイン。いかにもテンプレートな展開、だが何度も言う通りだからこそ、素晴らしい作品になった。

ここからは茉百合さんの根深い問題に多く触れられたが、いつもそばには晶がいる、その事実が不思議と安心させるという構図を巧く刷り込まれた。またその問題自体についても単純ながら破壊力は高く、血の気が引いていく感覚を覚えた。因みにその問題が何か、ということについては明示はされておらず、一応正解に導くための材料は十分に存在するが、決定打となる情報を見つけることができなかったため推測になってしまう。

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まぁ明示されなかったとはいえ、ほぼ言っているようなものだ。茉百合は小百合の娘なのだろう(小百合が錯乱してるシーン、あまりに激しくて少し笑ってしまった)。それで父親は恐らく小百合の父(これについては少し別の回答の余地はあり(本当に少し))。実はこういう設定、私にとってかなり不快指数が高く(と言っても前述の低評価の原因になる不快ではなく寧ろ高評価になる)、かなり好きなタイプだった。いつか語った気もするが、近親相姦、特に親が子供を襲うというような行為は現実的に見て相当に業が深い。私は想像するだけで気分が悪くなってしまうようなものであるが、物語としてはそれが良い。また、この一連の流れの明かし方について、『レイライン』過去パートを想起させた。その時の感想記事でも触れた記憶があるが、見事の一言。その時点においてどの程度情報を明かして、どこですべてを明かすか、それを本当によくわかっていると感じた。本作に関して言えば、殆ど言っているようなものではあったが、明示しない状態を続け、常に緊張状態にさせて最後まで走り切らせた。良い判断だったと思う。

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このメーカーはラストのCGが上手すぎるのですよね。今まで敵だと思っていた人達に見守られながら、家を捨てていく。それはとてもすがすがしい顔で、新たなる門出を嬉しく思っているよう。こうなると本格的にまじもんのクズが詩織だけなのではとなってしまう。御前は感情で動くことを嫌うとか言ってても結局感情の人だったし、そういう血を濃く受け継いだのかなぁと。そのせいでちょっとサイコパス味が出てるのは本当になんとかしたほうがいいと思いますよ、御前……。プレイ前攻略サイト見てて「え、詩織ルートあるの」と驚いていたのは懐かしい。まさか唐突なNTRかまされるとは思わなんだ。ともかく、形は違えど御前にも家族への親愛というものがあって感極まってしまった。しかもそれが茉百合たちに知られることはない。文字通り、未来永劫闇に葬られる事実となってしまう。まぁ、こんな出来事、誰にとっても知らない方が良いのだろうが。因みに私は本人のことに限って、善意でその事実を隠すことを良しとしない人間ですが、なぜか今回に関してはこれが正しいと思った。客観的に見てとかそういう話ではなく、それ以外の要素でこれでいいんだと深く感じた。この追い出されたと思っていても、追い出した側は暖かくその門出を祝っているというこの構図、本当に素晴らしい……。

 

小百合について

感想のところで話した通り、かなりの重要人物だった。同時にほのめかしはされたものの、明示はされていない情報も多い。茉百合との関係は前述の通り、自らの父との間位に生まれた子供。御前がなぜここまでして小百合を守ると言い放ったのか、これだけで容易に想像がついてしまうほどにつらい出来事なのだとわかる。にもかかわらずあんなにも穏やかな表情で茉百合を見つめられるのは彼女がやはり「親」だったからなのだろう。

ところでその話をすると、もう一つ挙がるのが、多重人格について。

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そもそも茉百合を責め立てるところから違和感はあり、かなり激しい小百合を静めてる小百合がいたが、「夜の小百合」と比べると、やはり荒い。何故か私は前提として多重人格ではなく二重人格だと思っており、ここに来るまで違和感としか思っていなかった。それがここでの「あの子達」という言葉ですべてが繋がった。しかしそう考えると小百合の受けた苦しみはきっと想像を絶するものなのだろう。実際何気ない平和な日常を送る私が父親からの強姦の苦しみというものをその行為の悍ましさからしか想像することができないのだから、その通りなのだと思う。

こうなると父親の行方が少し気になる。まさか、あまりのクズさに「捨てた」のでは? と。だが彼女らの優しい一面を知ってしまった今、そんな残酷なことをするだろうかというのは情に絆されると言うのだろうよ。事実の如何は結局不明であるが。

話を戻すと。作中での最も重要な人物とも言える。本作において常に中心に問題として存在し続けたのだから。

 

P.S. ……利彦の未成年強姦についてはみなさん放置なんですかね? まぁ根は、というかそれ除けば普通に良い人なんだろうけどねぇ。

 

最後に

想像を遥かに超える傑作でした。本当にありがとうございました。私の描く純愛の一つの解はまさしくこの作品にて提示されました。恋愛物語として一つの完成形だったと、WA2以来の評価を下してもいいと本気で思いました。

 

 

点数:90/100 文章:5/10 味:甘くて、苦くて、すっぱくて、しょっぱい。なのにとってもおいしかった