思考溜り

その名の通り、ここには思考が溜る。どんなに崇高でも、下賤でも、わたしの思考の全てはここに溜る。

『この大空に、翼を広げて』感想

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夢、その美しさや尊さ。それらをふんだんに詰め込んだ作品。高校生という短い時間に訪れる青春のひととき。それを彩る部活。とても美しい物語だった。

本作の舞台は風ヶ浦という田舎が舞台で、主人公水瀬碧が5年振りにその故郷へ帰ってきたところから物語は始まる。冒頭の感触は良好。しっかりと最初に主人公とヒロインに関する謎を置いている点は良い。文章もまずまず。この時点で名作たり得る条件は満たしていたように思う。ただ、後述するが、この作品は良い作品ではあったものの、名作の一歩手前で止まってしまったようにも感じる。純粋に、何かが足りない。マイナス点が多くてそうなってしまったわけではなく、そこに届かなかった。そんな印象が強い。

とはいえ非常に魅力的な作品であることは先に述べた通り。曰く「誰かを・何かを好きになる」ことがコンセプトであるらしく、実際よく描けていた。全√を通して空を好きになる過程は特に良かった。だが、恋愛面に関してあげは√は残念と言わざるを得ない。控え目に言って面白くない。恋愛パートが邪魔をしている。というのも、まず初キスのシチュエーションが雨宿りしてるところ、濡れた体に興奮してキスまで…という流れ。そこまではいいのだが、碧はそこからあげはのことを本格的に意識し始めるのに、あげはは答えを保留したまま逃げ続ける。いつも思うがこの展開は誰得なんだ。単純にイライラするし、他√でそいつが恋愛についてアドバイスするときの説得力がなくなる。ちなみに、この√では妹のほたるが、あおにいあおにいと可愛い声で慕ってくれるので、この√の価値はそこに集約されてると言っていいだろう。肝心のストーリーも微妙な部分が多い。あげはが答えを保留した理由として過去のトラウマが原因なのだが、正直その内容を聞いてあっそうという感想しか湧かなかった。(どんなトラウマか忘れちゃったのは本当にすまないと思ってる)。一番初めにやったからよかったものの、小鳥√の後にやってたらもっと評価は下がってたかもしれない。

次に亜紗√。これは悪い要素が多かったとかいうのではなく、ただただ面白くないだけだった。亜紗と依瑠の二人に告白されて、苦悩ののちに亜紗を選ぶ。そんな感じで交際が始まるのだが、基本イチャついてるだけ。肝心のグライダーは二の次。結末も特に描写もないままモーニンググローリーは見れなかったと言ってエンディング。その後のおまけでOBとして見学に来た碧たちにまだソアリング部は終わってない的なこと言って終わり。…呆気なっ!?いやほんとこれだけ。

それで、告白の返事は亜紗が好きか、両方選べないのどちらかとなる。後者を選択で、二股(実質依瑠√)に入る。こちらに関しては悪くはなかった。ここではロバート・フロストのNothing gold can stay という詩と依瑠の成長がメインテーマかと思う。参考までに↓

Nature's first green is gold,
Her hardest hue to hold.
Her early leaf's a flower;
But only so an hour.
Then leaf subsides to leaf.
So Eden sank to grief,
So dawn goes down to day.
Nothing gold can stay.

萌えいずる緑は黄金
うつろい易き色よ
萌えいずる葉は花
それも一瞬
やがて葉は葉に戻り
エデンは悲しみに沈み
暁は今日に変わる
黄金のままではいられない

正直言って初めて聞いた。そのままの君でいてみたいな意味らしい。そう考えると亜紗と依瑠について、ひいてはこの作品の登場人物全員に通づることだと思われる。碧が風ヶ浦に帰ってきたとき、街の風景は大きく変わっていたが、大切な仲間たちは何一つ変わらずいてくれた。その仲間たちに囲まれて黄金の日々=作中の出来事を過ごしたこと。でも、いつかは枯れてしまうかもしれない。だからこそ尊い。なんだかわたしの思ったことがこの詩に集約されてるんだよなぁ。まぁ、それはさておき依瑠が成長しましたって話。終わり。

で、ここからが本命の二人。

まずは小鳥√

この√は、作中唯一まともな恋愛をする√。それで告白もまたロマンチックで非常に良い。テストフライトで小鳥を後部座席に乗せて、空で告白するというもの。されてみてぇや…。小鳥のキャラの濃さも相まって終始楽しかった。いい感じに笑いも入れるのはライターの才覚だろう。途中小鳥がグライダーに乗ってることが家族にバレて、家に連れ返されそうになるところがあるのだが、その流れもまた良い。まず碧に紙飛行機を送る。最初は気づかないのだが、少し経って小鳥からのSOSだと気づいて、迎えに行く。その時に使ったのが、自転車。全速力で小鳥の乗ってる車を追う姿は流石のわたしも惚れた。なんというか、設定を余すことなく使った√、そんな感じがする。

最後に天音√

ここで何より言いたいのが、すべての謎に関してではなく天音のアホさ…。まともな恋愛はしてなかったが、ギャグとして普通に面白かった。それを代表する事件が、エア彼氏事件。ある夜、碧をサポートするためにあげは小鳥亜紗依瑠が天音と話すシーンがある。そこで天音の彼氏に関して問うのだが、なんと天音は彼氏がいるという。誰かと問えば、碧くんだ…と。一同思考停止。碧は一年前の夏、気持ちは受け入れつつも、一緒に入れないことを理由に振られたはずでは…思っていると、なんと天音はそれを付き合い成立と捉えていた。それで天音は研究所で彼氏がいることを(実際いないのに)自慢していた…という事件。…アホすぎん?だがそこがいい。これでイスカに関して霞んでしまうくらいには。

わたしは最初イスカ死んだのかなーとか勝手に思っていた(この手の作品で人殺すのは無作法が過ぎるというものだが)。無論そんなことはなかった。結局イスカに会ったのは最後になってしまったが、イスカの約束──天音を雲の回廊へ連れて行くこと──が決して不可能じゃなかった、間違いじゃなかった、そのことを証明した上で、天音はイスカと話した。そのときの感動は作中一位二位を争うほど。よかったねぇ…よかったねぇ…(泣

 

涙腺を揺さぶられることは多かったものの、実際こうして言語化しようとすると難しいのがこの手の作品。しかし、だからこそ美しく尊い

キャラがサブ含めて濃いために、ある種“キャラゲー”としての側面も見られる。こういうのはキャラ同士の掛け合いを見るだけでも価値があるので、FDも欲しい。どうせやったゲームのFDは買うけど。

 

点数:77/100   文章:普通 味:とても美味しい。隠し味に塩味あり?