思考溜り

その名の通り、ここには思考が溜る。どんなに崇高でも、下賤でも、わたしの思考の全てはここに溜る。

『White Album2 』感想

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恋愛物語の一種の完成形、とでも。全体として非常に完成度が高く、涙腺を刺激するシーンも多く見受けられた。また、それについて必要な土台もしっかりと組まれていた。テンプレートを踏みつつも、自分を見失うことのない世界を丸戸史明はこの中で表現できていたように思う。引き込まれるところは本当に一瞬たりとも目が離せなくなった。しかしそれはストーリーが面白いからであって、文章自体はそんな上手でもなく、文章単体で人を引き込む力はないので最初はダレる。そうでなくとも退屈なシーンは少なくはなかった。

 

さて、本作は主人公北原春希の高校時代を描いたintroductory chapter(以下IC)、大学生時代を描いたclosing chapter(以下CC)、社会人になってからを描いたcodaの3章構成となっている。メイン(雪菜とかずさ)以外のキャラ√はCCにて。それでは感想。

 

Introductory Chapter

初めは女絡みで同好会が崩壊したぁ…どうしよう…で始まる。残ったのは春希と親友の武也のみ。それで会員探しをしてるうちに雪菜と出会い、かずさと出会う。そしてそれはいつしか恋へ…といったストーリー。正直このchapterだけでも一つの物語として完成してる感じはある。しかしそれもCC、codaを読めばそんなことないなと思える。ICは3人の関係を、CCは蓄積する想いを作り上げ、codaで全てを決める。それを見た後ではICだけではあまりに足りないと理解できる。

 

Closing Chapter

前述のとおり、この章では想いが蓄積する。春希の、かずさの、雪菜の、そして自分でさえも。というのもこの章、かずさは殆ど出てこない。わたしの場合ICからかずさが好きだったので、かずさと会えないつらさがずっと蓄積していった。そこで支えとなったのが、この章から出てくる麻理さんの存在だろう。本文でも度々語られるようにかずさと似ている部分が数多くみられる。立ち絵も似た表情のものがあった。このように麻理さんはかずさとの類似点が多かったため、この言い方は正直言って嫌いだが「代わり」になりえたのだろう。麻理さんの仕事熱心で春希を引っ張っていったことも初めは正反対な部分だと思ったが、今思うとそれをピアノに置き換えればICで学祭の準備をする春希とかずさそのものだったと感じる。

時に、このchapterのみかずさと雪菜以外のヒロインの√がある。正直な話始める前は蛇足だと思っていたが、その思いに反してなかなかに良いシナリオだったと思う。特に前述の麻理さんとかずさの関係について考えると春希が麻理さんに惹かれていったのはある種必然と言える。小春に関しても良かった。小春はなんだか可哀想なコだから…せめてもの幸せをね…。千晶に関しては、キャラとしては好きだが個別√は好きじゃない、それだけ。あ、でも一つ好きな台詞があってそれが

「物語にしても遜色のない、あんたたちの綺麗な想いを知ってるよ?」

という台詞。千晶という人間の美しさ、この作品の美しさ、それらがこの一言に凝縮されているような気がする。

 

Coda    かずさENDについて

最終章。始め(正確にはCC終わり)のかずさとの再会はこの作品全体を通してのピーク。CCで蓄積された想いが全て再会の喜びへと昇華する。しかしそれを喜んでいいものか、春希はそのあと雪菜にプロポーズをする。何度も言うがわたしはかずさが好き。この瞬間「もしかしてかずさ√でもbad endなんじゃ…という不安がこの時過った。概ねそれは正しかったと思う。何せ春希はかずさ以外の大切なものの全てを捨て、ウィーンへ旅立つ決意をした。その決断はかずさ以外の誰一人として幸せにはなれない。無論、春希でも。そんな決断、当然春希にはできない。故に壊した。春希は自分自身を壊して、かずさを選んだ。多分、IC、CC、Codaで春希はずっとかずさのことが好きだったのだと思う。だけど同様に雪菜のことも好きだったし、愛していた。だから悩んだ。それでも最初は雪菜を選んだ。しかし途中あることが発覚する。冬馬曜子が白血病であるということ。そして彼女が人生最後の日は故郷で過ごしたいと願ったこと。実を言うとわたし、ここでまた別の不安がよぎった。まさかここで冬馬曜子を殺すのか、と。感情移入しているから悲しいとかそういうのではなくて、そこでそんなことしたら作品としての品が落ちると思った。ただ安直に人殺してお涙頂戴展開は反吐が出るほど嫌いだ。だがそれは杞憂だった。結論から言えば作中で彼女が死ぬことはない。

では病気の役割は何か。それはかずさの心の支えを一つ減らすため。前述の通り、春希は雪菜とかずさ、二人を愛している。好きなのはかずさなのかもしれない。けれど雪菜にあってかずさにないものが一つあった。それはCCの時間だ。これがあったから、春希の心はほんの少し、ほんの少しだけ、雪菜に傾いていた。それが冬馬曜子の病気によって心の支えを失ったかずさを放って置けなくなった春希の心は、かずさに傾いてしまった。そして自分しか頼る人がいなくなってしまったかずさ守ると決意した。

なので言ってしまえばかずさENDに至るための切符と言える。これにより春希の心に明確な迷いが生じ、最終的にかずさを選んだ。かずさはすぐに返事をすることはなかった。出来なかった。このことが何を意味するのかをわかっていたから。それでも春希を選んだ。それでその返事をするシーンがまた最高。雪菜の誕生日パーティーに出席しようと雪菜の家に向かっている途中にかずさが現れて、こう言った

「あたし、お前を止めに来た…

捕まえに、来たんだよ」

「もう…雪菜と会わないで」

と。そして最後にかずさが

「これでお前は……あたしのものだ」

と。ここで自分と、自分の一番大切なもの以外の全てを裏切る覚悟を二人は決めた。

春希は雪菜に別れ話をし、会社に辞表を提出した。雪菜は嫌がった。泣いた。春希は何も言わずただ自分がかずさを選んだという事実のみを話した。

全てが、嘘に染まっていく…

5年もの長い時をかけて

雪菜に語りかけた幾千の想いを。

囁いた幾万の愛を。

絶対に揺るがない、

何物にも替えがたいものだと信じてきた絆が。

ここでもう後戻りはできなくなった…。

会社で浜田さんは当然怒った。何故こんなに早くにやめるのか、何故上司である自分に相談しないのか。しかしそれでも春希は何も言い訳をせず、淡々と事実のみを語った。だが、それでは終わらなかった。終わらせてくれなかった。一本の電話がかかってきた。武也からだった。話したいことがあるから会おうとのこと。いざ会ってみれば、案の定武也、伊緒、そして朋がいた。もしかずさが好きであるのなら、説得して雪菜のもとへ帰ってきて欲しいと。でも春希はかずさ好きだから雪菜とは一緒にいられないという旨の発言をした。すると初めは春希の味方だった伊緒の態度が豹変、春希を責めることしか言わなくなった。説得するんじゃなかったの…。こいつほんとムカつくな。と思っていたら今まで黙っていた武也が口を開いて朋と伊緒に帰れ、と冷淡に言い放った。ここでもう涙が抑えられなくなった(わたしの)。いやまぁ、痛感した。武也は本当に“親友“なんだと。だから友人らしく春希の話を聞いたし、正しい選択をしてほしいと願った。たとえ春希がどんな人物か分かっていたとしても。ここ、本当につらい。ある意味で最も大切かもしれないものを捨てたから。でももう後戻りはできないからな…。

それで最後だ。とうとう雪菜の両親から電話がかかってきた。一番胃が痛かったのはおそらくこの辺りだと思う。家に入る前に孝弘と雪菜について話したのもいっそう胃の痛みを加速させた。まぁそれはいい。雪菜の両親に例のことを切り出された。勿論これまでのように事実のみを淡々と話した。全て自分が悪いと言わんばかりに(実際そうなのだが)。で、このシーンを一番胃が痛かったと言う理由が以下の文によるものとなる。

無償の信頼が…

そしてそれが跡形もなく崩壊していくさまが、余計に、俺に痛みを与える。

今までの春希の馬鹿真面目な性格は、不真面目な連中にいいように使われることもあっただろうが、同時に信頼を得ることもできていた。それを今まさに自分の手で壊そうとしている。その感覚が読み手にも痛いほど伝わってくる。

しかしこれでもう日本でやるべきことは終わった。あとはコンサートを成功させてウィーンへ立つのみ…と思っていたらコンサート直前にまたもアクシデントが発生した。雪菜が行方不明、と朋から電話がかかってきた。いやここまできてなんてことしてくれてんだよ…どうせ春希のことだから探しに行っちゃうでしょ…。ここもかなりハラハラした。何せ前に春希がコンサートをすっぽかしたとき、自暴自棄になってしまったくらいだ。流石に今回すっぽかしたらまずい。と思っていたらバッチリすっぽかした。一応雪菜は見つかったのだけれど、正直それどころじゃない。さあどうしよう………大丈夫でしたとさ。よかった。本当によかった。つまるところ二人はしっかりと約束をしていた。たとえ春希がかずさの側にいなくても、それは必ずかずさのためになることをしている。側にいることと守ること、それが両立しないのであれば、春希は迷わず守ることを選ぶと。美しいな。とても美しい。誰もが否定する形の愛であるけれど、その在り方はとても美しい。だからわたしはこのENDが一番好き。

よし、これで本当に全て終わらせた、日本での居場所をなくした。春希とかずさはウィーンへ旅立った。もう、二度と踏むことのない大地に別れを告げて。f:id:AppleSoda496:20200512221732j:image

これ、見る度に感慨深い気持ちになる。それどころか見る度にその気持ちが深くなる。それ以外に形容しがたいが、それだけではない気もする。なんとも言語化しがたい気持ち。

と こ ろ が 、これで終わりではない。少し後日譚があって、その最後に母親、冬馬曜子から一つのビデオが送られてくる。曰く「あなたちが受け止めなければならない現実」とのこと。なんだと思い蓋を開けてみれば、雪菜が写っていた。顔をみる限り恙無く暮らしているようだ。ではなんだろう。そう思うと他の人たちの声も聞こえた。早くしろだなんだと。すると雪菜はギター(多分春希の)を持って歌を歌った。ちょっとここでまた目頭が熱く…。そしてとどめと言わんばかりに

「元気ですか?

わたしは、今でも歌っています」

とドイツ語で言った。…春希の積み上げてきたものは無駄ではなかったということですか…?わたしはもう耐えられませんよ。 おわり

 

非常に、非常に素晴らしい作品だった。武也ほんっといいヤツ。伊緒ほんっとうっざい。こいつ男の嫌なとこと女の嫌なところ足してそのままみたいな性格してるから性質悪い。

ところでなんだが、ストーリーは普通の人ならかずさを選ぶようにできてると思うのだけれど、明らかに丸戸史明は雪菜が好きでどうにか雪菜の物語にしようとしてる、そんな感じがする。

因みに音楽はめちゃくちゃ良かった。今までやった中でもTOP5に入るくらいにはよかった。届かない恋を全体として重要な歌としたのもまた良し。場面場合にぴったりな曲が流れてくるのよ。

点数はかなり迷った89、90、91の三つで迷った。でも結局いい話だったし91つけてもいいかなと思った次第。

点数:91/100 文章:普通 味:酸味と苦味がとてもよく効いている